suinote

絵と写真とゆるくてシンプルな日常

それじゃないといけないものと、嬉しさ

軽い外出のために、財布を整理したり小さいバッグを久々に引っ張り出してきた。改めて眺めたり持ったりしてみると、「あぁやっぱりこれにしてよかったなー、好きだなー、えへへ」と嬉しくなる。

ここ最近、身の回りのものをあまり整理していなくて忘れがちだったけど、お気に入りの好きなものを持っていることはとても気持ちが良いのだった。ものの取捨選択を怠っていたことに気づけて、また家の中を見直そうと思った。

ずっと気に入って大事に持っているものは、これのここが良くて好きなんだ、と、こだわりポイントがしっかりあって、それじゃないといけない理由になっている。奇抜なものは身につけないので他人から見れば「普通じゃん」という外見だけど、目立ちたいわけじゃないのでそれで全然構わない。その馴染みやすい普通っぽさの中に「自分は絶対にこれ」と感じる独自の良さを見出せるものに自分だけの幸福感のようなものがあるから。自己満足というのか、自分とものの間だけでそういう繋がりのようなものを感じられれば十分だ。

特にそういう思い入れがあるものは今のところ、腕時計、眼鏡、財布、バッグ、靴、指輪くらいか(自転車とかハンガーラックとか、身につける系じゃないお気に入りもまた色々あるけど)。そう思うと、大半のものは大して必要ないのかもしれない。

あまりアクセサリーを身につけなくなったのもそういう感覚から来ている気がする。理由と必要がないならしない。絶対というほどの徹底ではないけど。ちょっとした気分の変化やその時の感覚までねじ伏せる必要はないから。

家に帰って一息ついたら、あまり使わなくなったものたちに別れを告げよう。嬉しい気持ちで一緒に過ごせるものをより大事にできるように。

断捨離についての日記を書いているけど、ものに対して冷酷なんじゃなくて、大事なものをより大事にできるようにするための取捨選択、のつもり。

生きるのがこわい

大きく成長したり、大きく何かが変わるとき、変えるときって、ひどく挫折を味わうことがあると思う。

自分もそうで、次に進むタイミングの直前は本当にひどくて、「もう無理だ生きていけない…」となっていた。一瞬で楽に死ねる薬とかがあれば飲んでいたと思う。毎回。何回死ぬんだ。いま深く掘り下げる必要もないので淡々と書いているけど、結構まじめにそういう雰囲気だった。

それが、新卒の頃から一年〜数年ごとに起きている。それを経てゴミみたいな人生が一歩ずつ良くなっている実感はある。あるなら良いじゃんって話なんだけど、進むために毎回こんな思いをしなきゃいけなかったのが正直きつかった。乗り越えられない試練は与えられないって言うけど、先に書いたような薬なんかが手元にあれば、乗り越えずに終わっていただろうし。というか、生理前の精神面での症状を和らげる薬の効果がなかったら、死にたい頻度はもっと多かったはずだ。命がいくつあっても足りなかっただろう。

今はだいぶ元気に過ごせているので、こんな暗いことを書いているのも不思議で、その時その時の生々しい感覚は100%は思い出せないけど、事実としてははっきりと覚えている。

今の環境や人間関係(会社に限らず)は、金銭的な問題を除けば人生で一番恵まれているのでは、と思う。忙しくて大変、しんどいとかは確実にあると思うけど、それはそれとして、身近な人間関係の面で、こんなに健全に過ごす権利が私にもあるのかと驚いている。今までの積み重ねありきでそういう権利を得たと言ってよいのなら嬉しい。でも、こんな状態からまたどん底に落ちる時の感覚はどれほどのものだろう。耐えられるのだろうか。

言葉の力って良くも悪くもとても大きいので、こんなことを書かないほうがいいのかもしれないけど、書かずに飄々としていられるほど私は強くない。残念ながら。嬉しさと恐怖を感じながら日々過ごしている。

いつ訪れるかわからない挫折に怯えていてもしょうがないので、今やれることややってみたいことから逃げないで、感謝したいことに目を向けて過ごす。後悔しないようにやっていくしかない。

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気持ち良い仕事とか

なんだかんだ、敬意を持って快く接することができる関係の人と仕事ができることが、今の自分には一番重要だと思った。興味のある分野やテイストでも、人間関係が辛いとか何のためにやってるかわからなくなってくるほうが圧倒的に病むし…。とにかく、人間関係の大事さをより実感するようになってきてる。

一応今フルタイムで働いているものの、月の支出に対しては最低限もう少しお金が必要という厳しい状況なのだけど、そのためだけに無闇に仕事を受けて忙しいだけの生活になっても生きてる意味がまた見いだせなくなりそう。副業頻度(収入)が少なくてもなるべく関わりたい人と一緒にできることをやって少し足しにして、あとはお金にならなくても興味出てきたことに気軽に楽しく触れる時間にあてたほうが糧になる気がする。貯金切り崩しが前提にならないようにはしたいけど。とりあえず直近はそういうかんじ。

明確な根拠があってこんな余裕なこと言ってるわけじゃないんだけど、今まで興味のあることでも触れる勇気がなかったり、私には無縁の世界だから…と触れようとすらしなかったことに対して、少し現実的に向き合えそうな気持ちになってきた今でも逃げ続けると、もう何かしらの良いきっかけは訪れないんじゃないかなと。歳をとればとるほど、いろんなことに対してハードルは上がってくるので。

今金銭的に厳しくてもこの生活をしているのは、それしか道がなかったわけではなく自分で選んでみたことであって、後悔はしてない。これがずっと続くのは無理だけど、期間での契約なので、とりあえず。で、よかったことは色々あるんだけど、仕事に関して新卒の頃から自分がなぜ苦しんでいたか、どうだったら「よかった」と感じられるか、などが実務を通して身をもってわかったのはすごく大きい。あのころ自分を責めて苦しめなくてよかったんだなと少し救われたり、少しでも感謝される嬉しさを思い出した。

そういうわけで、若干苦しい面はあるものの、それを除けば自分の人生ではかなり良い状態にある。しばらくはやっていけそう、気持ち的に。