suinote

好きなことしてシンプルに生きたい

無駄な期待と自分のこと

「ほんとに好きだったらモチベーション下がらないはず、楽しめるよね」とか
「(材料ないけど)いいかんじにできるでしょ、やっといて」
みたいな言葉や圧力みたいなの。

チームで動いていて、(もともとやる気ないのに参加している場合はもちろんやる気ないので別として)基本的に頑張ろうとしている人が沈み気味の時、こういう圧力や言葉などには疑問を感じる。一緒にやってるんだから少なからず周りから影響は受ける。

あんまり興味ないような仕事でも一緒に作っている人と支えあえたら楽しかった。逆に、せっかく興味あるテイストのものを作るにしてもチームの人が上の空だったり放置スタンスだったり向き合う気がない場合、そう簡単に楽しさを感じたりやる気を出せるだろうか。自分は難しい。
そういうふうに良いパターンも悪いパターンもあって、どちらのパターンでも同じくらいモチベーション保っていいかんじにやっといてくれ、みたいなの気持ち良くできないんだけど、他の人はどうなんだろう。

でも、そんな納得いかない状況ですべてのことで「超楽しい!!」「最高!!」と思えるようにしてほしいと求めてもなかなか叶わないもんだと思うし、無駄というか、消耗するだけだと思う。
叶わなかったら・ダメだったらもうどん底だっていう依存みたいな期待は、そういうところに所属しているだけの生活だと心の拠り所がなくなってしんどい。

だから、2~3年くらい前になんとなくはじめてみたTumblrとかブログとか個人単位でできることは、仕事じゃないから当然とはいえ、何かやってみたり覚えたりするのが自由で楽しいし続けてて良いことも増えたし、そういうこと見つかってよかったと最近思う。
数年前はほとんどこんなことしてなくて、ネットも今より全然活用できてなくて、ほとんど消費するだけか少しインプットするだけな生活を送っていた。
今のことを書くと、ブログだったら、文章だけじゃ物足りなくなってきたから写真のせようとか絵ものせようとか、Markdown覚えてみようかなとかGoogle Analyticsよく聞くから触ってみようかなとか。デザインとか絵だったら、上手くなるよう勉強や練習とかは前提として、作ったらとりあえずアップしてみようとか。
やる気があるとかそういうことよりも自然と興味や好奇心で少しずつ動けるようになった。すごい今更だけど、自発的にやることの楽しさみたいなのをやっと知った。

そういうのもあって、最近は希望が見えないことに対して期待することがなくなってきた。精神的に依存しすぎていたことに反省したし、少し気が楽になった。何かに依存するような期待をしたり無駄そうなことにどうにからないかとか考えるんじゃなくて、自分のことをもっと考えないとな、と思った。