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suinote

シンプルでいいかんじに生きたい

父と母と私

今、京都にある実家に来ている。実家と言っても、まともに住んでいたことはない。元は父側の両親の家、つまり私の祖父母の家なのだ。父の仕事の都合であちこちに行っていて、最終的にここに落ち着いた、という感じ。小さい頃大阪に住んでいた時期は、よく遊びに来ていた。祖父は亡くなり、祖母は認知症がひどくなり、去年介護施設に入ったので現在は両親だけ住んでいる。

かなり久しぶりに帰ってきて、思い出したり感じることがいろいろあったので、忘れないうちに書いておこう。

私の両親は、私が小学生か中学生くらいの頃から関係が悪くなってきた。母はメンヘラ気味の専業主婦でたまにパート、父は大黒柱で亭主関白。母は精神的に病みやすくあまり長期的に働けず、趣味の費用はほぼ父の稼ぎからだった。そこに対して父はいくらか不満はあったようだ。父の方は、いつからか怒りっぽくなった。べつに母のせいだけではなく、仕事のストレスもかなり大きかったように見える。しばしば怒鳴っていたり、ものすごくイライラしているのがわかった。金銭的な面では母はほぼ父に依存し、全然家事をしなくなった父は仕事以外の私生活面で母に依存していた。 メンヘラの母と亭主関白な父、食の好みも合わず揉めたりと、ずっと見てきて相性が悪いと思っていたし、私はそれをいつも気にして疲れていて、結婚しない方が良かっただろうと思っていた。というか、私だったらあの状態がずっと続くなら離婚を考える。でも、母は金銭面で依存し、父は生活面で依存しており、お互いに不満はあっても今さら離れられる感じではなかった。

子供は親の背中を見て育つし、少なからず影響は受けると思う。いつもクヨクヨしている母を見ていて正直前向きになれなかったし、怒りっぽく乱暴な面がある父を見ていて怖かった。父も母も私に対しては普通の態度だったり割と私のことは好きだったようだけど、私のことはいいから自分たちがまず仲良くしてくれ、としょっちゅう思ってずっとスッキリしない気持ちで過ごした。身近な人を見ていて、一緒に暮らしていて、全くなんの希望も持てなかった。ちょっと過保護に扱われていたと思うし、父の転勤の都合で何度かの転校も経て更に萎縮するようになった。原因はそれだけではないと思うけど、徐々に内気になってしまい精神的に病むようになったし、大人になったら仕事も上手くいかず大好きと言えるような楽しみもなく、生きていたいと思える感じではなかった。心療内科にも通うようになった。一人暮らしができるような心の余裕もなく、つまり両親だけでなく私もまた親に依存していたのだ。

だけど私は自殺なんてできるわけもなくて、じゃあこのまま死ぬまで一生鬱々とした日々を送るのか?と真面目に考えるようになり、絶対それは嫌だと感じて、それならもう抜け出せるように動くしかないとやっと気づいた。少しずつ、自分の心の状態や改善策を知るため心理学の本や自己啓発書などを読むようになったり、断捨離しまくったり、弱い私には絶対無理だと思っていた一人暮らしも始めた。転職もできた。そのあたりから、少しずつ両親にも変化が見え始めた。

母からは「あんたが東京で一人暮らしなんて考えられなかったよすごいね、私は今まで心配しすぎちゃってたね(過保護になっちゃってたね、みたいな)」とか言われたり、私が頑張ってるからと影響を受けた感じで、京都に馴染めそうになかった母も徐々に行動を起こすようになった。絶対にどこかで働くのは向いてないと思っていたけど、今は産婦人科で看護助手をしていてとてもやりがいがあるそうで、大変そうではあるけどとても生き生きしている。来院される方も温かい人が多いようで、コミュニケーションも楽しそうだ。母にとってはこれが天職なのだろう。母がそういうものに出会えて嬉しい。もうメンヘラっぽさも全くない。

もっと驚いたのは父の方。父は仕事を少し早めに辞め、祖母の介護のため大半は家にいたらしい。認知症がひどくなり対応が困難になってしまった祖母を介護施設にお願いしてからはゲームやPCをしてごろごろしているんだろうな、食事は今も偏っているのかな大丈夫かなと心配していたのだけど、久しぶりに会ってみるとだいぶ変わっていた。以前は食事が偏って太っていたけど、健康そうなものを食べれるようになったからか少し痩せたし、性格も丸くなっていた。特に料理をするようになったのが信じられなかった。焼きそばを作っているのしか見たことなかった父が、ちゃんとした料理をしていた。昨日はチャーシューと手作りのタレ、味噌汁、サラダを用意してくれて、盛り付けは普通に綺麗だった。今日は、にんじんとかニラとか糸こんにゃくとかブナシメジとか豚肉とか色々入ってる鍋を作ってくれた。見栄えも良いし、ちゃんと美味しい。昔の父からは本当に想像がつかない。私でもこんなに食材を使った料理をしない‥。そして「俺は立ったまま食べちゃうからいいよ」と言って、私がまだのんびり食べている間に洗い物をササーッと済ませてコンロ周りも掃除していた。料理も掃除もしなかった父がなんでここまで変わったのかわからないけど、娘が来た時だけいいとこ見せようってかんじではなかった。慣れていないとあんなにさっさとできるものではない。

今日は両親と、青龍寺と昔よく行っていた長岡天満宮に行ってきた。三人で普通に出かけられるとは思ってないくて、とても嬉しかったというか、安心した。両親が仲良しかというと微妙だけど、険悪な感じはなく淡々としていて、お互いちょうどよく生活の役割を分担しているように見えた。仲が良いのが理想だけど、今はこの変化だけで充分だと思う。

それはそうと、実家が京都なのはいいとして、昔よく遊びに来ていたとはいえ私はここで育ったわけではないので、昔らの馴染み深い友達がいないのは寂しい。たまに帰ってきたらわいわい飲んで昔の話をしたり近況報告し合うとか、そういうのに憧れてしまう。しかも、残念ながら京都に全く詳しくない。今は長距離歩けないタイミングなので様子見つつだけど、明日か明後日、五条あたりを散策したい。次に来るときには足の怪我を治して、もっとあちこちたくさん見てまわりたい。

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