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絵と写真とゆるくてシンプルな日常

承認を糧にしてもいいのかもしれないと思った日

アドラー心理学では承認欲求を否定している。人は他者の期待を満たすために生きているのではないし、承認欲求に捉われ基準にし続けるのは他者の人生を生きることになるからだ。

自分はあまり承認欲求が強くないほうだと思っていた。ネット上で文章を書き始めた頃、ほとんどリアクションがなくてもショックを受けずにただ淡々と書き続けていたし、自分の日記をあまり人に伝えていなかった。なんとなく。

でも今は、承認を糧にするのもいいのでは、と思い始めている。最近色々と参っていて、気晴らしとか気分転換として、思っていることを書いたり絵を描いてアップする機会を増やした。そこでもらえる「いいね」「見たよ」の反応が、ただ嬉しいというより救いになっている面があるような気がして。「すごい!」「ステキ!」といった評価じゃなくて、共感や励ましを感じるリアクションで、ああ私は独りぼっちで抱え込んでるんじゃないんだなぁと感じる。

あまりそこに重きを置きすぎても、やっぱりアドラー心理学で問題としている面に依存してしまってよくないかもしれないけど、弱っている時に少しの共感で救いを得て「ちょっと頑張ってみるか」と思えるなら、そのままダメになるよりはマシだ。そういう時期にそういう心持ちでいるのも悪くないかもしれない。

昔はそんなことできなくて、わざわざ対面で話すようなことでもなければ自分一人で抱え込むしかなかった。自分の居場所をいくつか持って、そこで愚痴らず好きなことで気分転換して、ちょっとでも面白く見てもらえるならば、人にやつあたりして迷惑もかけないしお得なのではないか。