suinote

絵と写真とゆるくてシンプルな日常

先の準備をしすぎない

十代の頃からずっと、まだ起こるかどうかすらわからないことに対して過剰なまでに不安を抱きやすかった。「こうなったらどうしよう」と延々と考えていたり、PCを触るようになってからは延々と調べがちだった。それでも、起こる・そうなる可能性は高くもなんともないので着地点は見えないし、不安が消えることはまずない。目の前に別の確実な課題があるにもかかわらず、もっと先のよくわからない不安への意識のほうが強かった。

そんなふうに時間を使って、結局その時間が有益になることなんてほとんどなかった。たいてい、そんな漠然とした考え事や調べ物は有意義ではなく、少々知識が増えたとしても消費した時間に見合っていないことが多い。そんな心配事に時間を使いすぎなくても、実際に出来事が起こったときは嫌でも実行するし、そのときは確かに大変だけど、そのときにやったほうが実体験として短期間で身につきやすい。

もちろん、先を考えた準備しておくことは大事なことではある。でも、課題が発生した時と同じレベルで備えようとすると、いろんな出来事に対してあれもこれもとなりすぎて、結局目の前の一番大事な課題がおろそかになる。まず大事な課題をクリアしないことには、その先の課題すら見えない。だから、「このあとはこんなことが起こる可能性がある」とわかったら、あくまでそれは可能性の一つとして捉えておいて、その時は少し知識を得てみる、程度の範囲内にとどめておくようにしたい。その段階でそれ以上踏み込んだところで、何かが進むわけではない。

未確定な不安に対しての備えはほどほどにしておき、まず目の前に確実な課題に目を向ける。その先があるのかないのか、何が起こるのか、その時にならないとわからないから。