suinote

絵と写真とシンプルな生活

性質と、捉えかた

自分の短所について、コンプレックスだったり無理やり改善しようとしたりしたけど、隠さず無理せず諦めて、開き直って、そういうキャラとして振る舞った方が気が楽なんじゃいかと思うようになった。他人の性質や意図が少しでもわかるのと全然わからないのとでは、コミュニケーションのとりやすさが全然違うから。

たとえば、「人見知りなんで…!」とか言われると、「あ、この人は話したくないんじゃなくて人見知りなだけだったのか、なんだぁ」とわかって少し話しすくなったりする、とか。

私は、自分の性質を悪い方に捉えていた。内向的で、人見知りで、コミュ障気味なところとか。こういうの、集団生活において役に立たないし、良い印象ないし、恥ずかしかったからなんとか人についていこうとしていた。していたけど、ずっと違和感が消えなくて、どこかしんどさがあった。

でも、私がブログを書いたり絵を描いたり一人でどこかに行って写真を撮ったりするようになったのって、そういう性質ありきなもので、それを良いとか好きとか言ってくれる人たちがいる。それがネット越しの人たちだけじゃなくて、最近は実際に会う人も。直近だと、結構重かったりプライベートなアレなので会社ではあまり積極的に話さなかったことなんだけど、素朴な日記やポエムが読みたくてはてなブログのテーマを作った話とかをしたら、わりと良い反応をもらえたりもした(諸事情で大画面にPCを映してブログの話をした流れでプチ宣伝してしまった)。

だからきっと自分の性質って悪い面だけじゃなくて、何かに活かして良い意味の個性として捉えられるんじゃないかと少しずつ思えるようになってきて。だったら、悪いものとして隠さなくてもいいような気もしてくる。

「私(たとえば)根暗なんで○○するようになったんですよ〜w」みたいなことを、最近はあまり隠さず微妙にふざけて言ってる。根暗とかメンヘラとか自分で言ってる時点でそうでもないだろっていうのもわかるし、たしかに今はそれほどでもないんだけど、昔は自覚なくそんなかんじで、他人からみたらそうだったと思う。根暗とか影で言われたこともあるし、ボロボロで心療内科に通ってたこともあるし(いま慢性的にやられているわけではないけど、PMSはつらいので、薬が切れそうになったらまた行くと思う)。そういうのの名残も少しはあるわけで、それがあっての自分なので、まあ雑に軽めに自称するのはいいかなと思ってしまってる。それで楽になって、好きなことをもっと素直に楽しめるなら、いいのかもなーって。