suinote

絵と写真とシンプルな生活

なんでブログを書くのだろう

書くことに関するイベントで発表を聞いたり、ツールを作っている人の活動などを見て、人は・私はなぜブログやポエムを書くんだろう、書き続けるんだろう、という疑問がしばしば頭に浮かぶようになった。

以前、こんなことを書いた。 suito.hatenablog.com

私にとってブログは、振り返り、思考の整理、言い聞かせ、などの役割が強かったらしい。この時は(あと、自分の経験したことが誰かの役にたつかも?という考えで残していたりもして、今でもそれはある)。

でも最近は、そういう強い役割を求めなくなった面もある。

単純に、誰かに話を聞いてほしい。そんなニュアンスが増えた。

大人になると、子供の頃みたいに毎日休み時間や部活で友達と「昨日はこんなことがあった」「こんなことで悩んでる」みたいなおしゃべりをすることが減る。雑談メールとかもしなくなるし。用事以外のメール的なことを日常的にするのも苦手になったし…。

話すことって物理的には可能だけど、そういうとりとめのない話とか、わざわざ話しかけてまではもうやりにくい。今そんなことをたくさんしていたら、「えっこの人どうしたの…」みたいな雰囲気になりそう。

でもやっぱり、誰かに話を聞いてほしい、という感覚がずっと消えていないのだと思う。別にアドバイスとか直接話しかけるようなコメントとかを求めてなくて、ただ聞いてほしいのだ、たぶん。女って解決策を求めずにただ聞いてほしいだけのところあるって言うし。そんなことを延々と誰かに直接話すわけにもいかないし、それで相手を消耗させることをしたくない。だから、読む読まないの自由が選べる場所があると助かる。とても居心地が良くて楽だ。そんな場所で、ただただ何か話すように書いていたいのだと思う。

と気づいたっぽいところで、いや、あれこれ考えずとも、そもそもブログってそういうもんじゃないっけ?って思ったのだけど、そういうもんであることを忘れていた。ブログと聞くと、PVとか収益とか、バズって有名になるとか、そういう世界もあって、最近はそっちが当たり前に感じてしまっていた気がする。そういう面に引っ張られない状態での、自分にとってブログってなんなのか、というのがどこかに押しやられていた。

そういえば、ブログのテーマを公開したのも、ネーミングも、そういう、自分なりのブログの価値観や居場所となるものを守りたいからだったはずだ(忘れていたのだろうか…)。

書くことで、自分が少しでも話した気になってなんとなくスッキリしたら、それでいいんじゃないか。それが私のような内向的な人間にとって小さくても救いになるなら、きっと大事なことだし、ずっと肯定していきたい。お金にならなくても有名にならなくても、生きているだけでしんどい私たちにとって、薬のようなものだから。

この日記、これはこれで、はじめに書いた「言い聞かせ」的なやつですね。