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絵と写真とゆるくてシンプルな日常

進むことをやめないための心がけ

引きこもっていることの多い無職生活が続いてしまって(個人での仕事も始めたので完全な無職というわけではないと思うけど)、ぼんやりする時が多々あってよくないなーと思ったので、反省をもとに、これからなるべく日々を無駄にしないための心がけをしていこうと思う。今日はそのためのメモを。

しんどいときは無理に起きて動いてなくていい

調子が悪い時に頑張って動こうとしても効率が悪い。早く回復するように休むか、起きているにしても起き上がらなくてもできることをやる。本を読むとかネットで情報収集するとか、インプットなら寝転がっていてもできるし、時間が無駄にならない。その時の調子にあったことをすればいい。

換気する

適当なタイミングで換気をする。空気の入れ替えをするとスッキリする。面倒だからとか寒いからとか言って放置しがちだけど、換気して絶対に後悔はしないので、やる。気合を入れねば…

適度に薬を活用する

昔は「薬に頼るのはよくない」と思っていたけど、そこで頑固になるせいで調子が悪いまま何もできなくなるほうが損だと今は思うので、素直に薬に頼る。主に生理関係なんだけど、腹痛の気配を感じる時は痛み止めを飲み、PMSの精神的症状が厄介なので漢方をちゃんと飲む。というか社会人として体調悪いなんて頻繁に言っていられないので、なんとか対処していくしかない。

ただ、薬があることに甘えて体調管理しない、なんてことにはならないのが前提。なんでも薬でごまかして自分で体を良くしていくことをしなくなると、どんどんだらけてダメになっていくと思う。といっても基本的に生理に関することや精神的ストレスが原因となること以外ではあまり体調を崩さないので、引き続き気をつけていけば基本的には大丈夫だと思う。

適当なタイミングで体を動かす

低血圧なこともあり、ぼんやりしやすいっぽい。デスクワークなので動くことが少なく、余計に。整体の先生にもすすめられたけど、ずっと座りっぱなしにならないで気分転換がてら体を動かすように心がける。これも面倒でやらなくなりがちだけど、やっぱりちょっと体を動かしたほうがスッキリするのがなんとなくわかる。トイレに行くとか、家事をするとか、その程度もいいから立ち歩いて動く。

節約とケチを混同しない

直近は去年より結構節約しないとやばい。でも環境と自分への投資にはケチにならないようにしたい。

環境が悪いと気分が悪くて物事が進まないので、例えば暖房や防寒のための費用をケチって動けなくなるみたいなことを避ける。こういうのは本当に行動力に影響が出る。

それから自己投資系。娯楽費は削らないといけないけど、それでも自分にプラスになると思う書籍費や交際費をゼロにしてしまうと成長の機会を失い損をすることにもつながる。バランスと判断が難しいけど、ケチにはならないという心は忘れずにいたい。

相談する

何か詰まった時、自分より得意な人がいたり、聞いたほうが早いことに関しては相談する。というかこれがやっとできるようになってきたところ。一人で悶々としているだけではなかなか良い方向に進まないことも多いので反省している。

自分も逆に人の役に立てるようになりたいから相談されたら嬉しいし、お世話になった方に直接役に立てないぶんについては良い報告などができることがささやかな恩返しになるのかなと思う。ので報告もしている。

情報収集する

TwitterRSSなどを活用して情報収集する。RSSはまあかなり前からジャンル分けして流すようにしていたけど、最近時間があったというのありTwitterでもリストを整理して興味のある情報をタイムリーに拾えるようにちょっと強化してみた。デザインのこと、働き方や考え方のこと、WebやIT関連の情報、イラスト、写真など、いろいろと。TweetDeckでたくさんカラムを作って流している。もちろん全部読むのは無理。サーっとスクロールして、今の情報や動きを肌で感じる、みたいな感覚…かなぁ。たくさんの人の考えを参考に、自分の活動や今後の行動に活かしたいので。

でもこれは、落ち込んでいる時にやろうとするとますます落ち込むことがある。みんなすごい…キラキラしていて遠すぎてもう私はダメだ…といったかんじに。だから自分の状態次第でバランスを考えてやっていくのが大事だと思う。一度土台作りさえしておけば、やりたいときはいつでもできるので便利。

まとめ

いつでも100パーセント調子が良いのが理想だけど、いつでもそういうわけにもかないので、その時その時で最適なことや一番マシな過ごし方ができるようになるといいよね、と思う。そしてなるべく良い状態でいるために、些細な心がけも大事にしていく。

これは今年の抱負というわけではないです。それはまた別に考えているんだけど、まだまとまっていない…

わかりやすい人でいたい

不安は、未知のことに対して抱く。わかっていたら、もうやるしかないと思って対処方法を考えれば良いわけだけど、わからないことに関しては、どの程度の何が起こるかどれ程の覚悟が必要なのかのイメージを知ることができないから不安になる。

人に対してもそう。安心して接することができる人は、だいたいわかりやすい。自分の考えを表に出していてどういう人なのかある程度わかっていると、それを踏まえた上で対応することができる。何を考えているかわからないと、何をされると嬉しいのか、嫌なのか、などがわからないので、不安を抱きながらなんとか探っていくかんじ。

恋愛のドキドキは不安から来ていると何かで読んだ。そんな気がする。相手からどう思われてるのかな、こんな返事でいいのかな、うまくいくかな、って。ドキドキがなくなっていくのは、悪く言えば新鮮味がないということだけど、そのままつまらなくなっていく必要もなくて、安心できる良い関係になればいい。そうすれば、ドキドキよりも安心の心地よさが大事になり、他所にドキドキを求めに行ったりしないだろう。

脱線してしまった。べつに恋愛のことを書きたかったわけではないんだけど。

昔、人間関係がうまくいってなかったのは、わかりにくい人間だったからというのもあると思う。実際に指摘されたこともある。寂しがりやなくせに、とっつきにくいようなわかりにくい人間でいて、周りが良くしてくれるとかそんな都合の良いことは起こらない。

今はわりと人間関係は良好だと思う。そうなった理由は、やっぱり昔よりはわかりやすい人間になったからじゃないかな。嬉しいこと、好きなこと、嫌なことなど、考えていることは伝える。だから、合う人と付き合えて、合わない人とは離れられるんだと思う。

ネットで繋がっている人と実際にイベントなどで会う時も、お互いをある程度わかっているから話しやすい、ということもあるよね。

わかりやすい人でいたいな。

やり場のないポエム

数行程度のちょっとした考え事をある場所に書き溜めている。考えたことをずっと頭の中にとどめておくのは結構大変。一旦別の場所に移さないと、新しいことを受け入れたり考えたりする余裕が生まれない。

そんなわけでひたすらテキストが溜まっていく。あとで読み返すと客観的にエッセイ集に触れているかんじがして意外と楽しいし、自分の成長や逆に変われないで苦戦している部分などに気づける。

これはただただ自分で面白いのでたぶんこれからもやっていくけど、何か他に活用できる方法はないかなぁなんて思う。内容を整理してブログに書くことはよくあるのでそれでいいのかもしれないけど、数行程度の、綺麗に加工しない生の言葉を外に流していったらどうなるんだろうとも思う。でも最近Twitterでちょっとやりがちな気がする。ブログ的なものはすでにいくつかあるし、単純に増やすのもなんだか新鮮味がないので。むしろこのブログをそういう、もっと気軽なものにするかんじでいいのかもしれない。どうだろう。別にお金を得るためにやっているブログじゃないのだから、その時の「やりたい」に合わせて変化していくものにしていいはずなんだけど、安定感のなさが気になりそうだとか、あれこれモヤモヤしてしまう。

不安と一緒に

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不安を敵だと思わずに、受け入れられるようになってきた。私はヘタレだから不安になって、不安だから前に進んだり決断したりできないのだと少し前まで思っていたのだけど、ちょっと違うと気付いた。

ブログやTwitter、インタビューなど、今はインターネットのおかげで色々な人の考えを気軽に知ることができる。成功している人や素敵だと感じる人、思い切った選択をした人などの記事や発言を見ていると、不安だったとか、不安もあるけど、といった内容が目に入る。独立や企業、そういうわけじゃないけど一旦会社を辞めるとか、なんでも自信と勢いだけで選択できるわけじゃなくて、不安はつきものなんだなと。

そういうことを知ると、不安という感覚は私がダメな人間だからとかそういうわけじゃなくて、何か未知のことに触れようとしたときに自然に表れる副作用のようなものなんだろうなと感じるようになった。だから不安を感じた時、必要以上に凹まないで「不安なのは当たり前で仕方ないものだ、それを受け入れながらやればいい」と思って、ほんの少し落ち着いて動けるようになった。

もちろん、慣れと共に不安は薄れていくので、程度は経験値によって変わると思う。私は仕事やそれ以外の行動面というか、人生出遅れすぎという自覚はあるので、周りよりも物事に対して不安が大きく躊躇することは多いと思う。それでも、やってみようと選択することは確実に増えているので、少しは前に進んでいるということは自分でわかる。一応。

先月、今までだったらパスしたり不安すぎてものすごく決断に時間のかかりそうなことを4件ほど、わりとサクッと決めて動くことができた。そもそも恐ろしい用事じゃないと知っていたし、当然何も問題なく済んで、動いてみてよかった。こういうことを繰り返して小さな不安は薄れていって、鍛えられていって、少しずつハードルを上げて大きなことに向き合えるようになる気がする。

というか今年、すでに大きな不安を抱えているけど、それなりの対処をしたうえでも消えない不安はどうしようもないと諦めがつくし、進もうとしていることでもあるし、不安を敵視しないでいけたらいいな、と思っている。悪者ではなく、つきあっていくべき自分だから。

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マンションと猫

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かなり前のことなんだけど、仕事帰りにマンションのエントランス前に来たところで、中に猫がいることに気づいた。「私のスペースよ」というかんじでピタッと止まっていらっしゃったのでどうしようと少しの間その場に立ち尽くして猫を見つめていたら、察してくれたのか外に出てきてくれた。なんとなく意思疎通できた気がしてちょっと嬉しかったのと、絶対に伝わらないけどなぜか会釈してしまった。猫に会釈することってなかなかないと思う。

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