suinote

シンプルに生きたい日々

吊り革について

電車内の吊り革の位置が高すぎて、背が低めの人には届かなくて危ないといった話題を見かけたことがずっと頭に残っている。

自分は身長的には平均くらいで基本的には吊り革には届くのだけど、立ち位置によっては吊り革を掴めないので、たしかにそういう時は不安を感じることもある。朝の満員時はトラブルが多く急停車は当たり前だし。

ただ、最近見かけるようになった低めの吊り革も若干こわかったりする。隣の人が、降りることを意識するあまり吊り革付近の人を考慮してくれなかった場合、手から離れた吊り革が揺れの勢いで他人の頭に直撃する。自分も何度かあった。怪我をするほどでもなく頭だったからよかったものの、眼鏡がやられたりしたら非常に困る。自分の本体は眼鏡なので。

とはいえ、怪我をしない程度に吊り革に直撃される私の頭よりも吊り革に掴まれない人が転倒してしまう方が懸念なので、低めの吊り革の存在に反対はしない。そんなことよりもまず、吊り革を掴む人には、周囲の人にぶつからないようにそっと手を離すなどの配慮をしてほしい。

言うからには気を付けてますよ自分も。
以上です。

経過観察。できることについて。

ここ数日またぽつぽつと怪しいタイミングが増えているので、どうしたもんかなぁと思っている。とりあえず抗不安薬飲んだし、悪化せずまあ一応大丈夫…な今のうちにわかっていることなどを。双極性障害について、自分の場のの症状の話。

普通以上のとき

  • 家事 好きではないが、可能
  • 外出 楽しめる
  • 勉強(とは言いたくないので、表面的には遊びと言っている)
  • 雑談系コミュニケーション そもそもコミュ障で会話が苦手なのは別として、気持ち的に
  • 飲み会
  • 読書
  • 映画鑑賞

躁っぽいとき

前提:上記の普通時のことは大抵できる。ただ、落ち着きがないので読書は苦手かも。あと、躁と普通の境界がハッキリわかっているわけじゃないので曖昧なものもあるけど、自分で調べた限りの雰囲気でいうとこのへんかなと。

  • 作りたい、やってみたいことのアイデアがやたらわく
  • 嫌いなこと以外はだいたい楽しめるし色々やってみたさが強くなる
  • 好きなことに一点集中さえできてしまえばかなり捗る(できれば、の話)
  • 出先で好きなもの見ている時の幸福感がすごい

デメリット

じゃあええやん、と思われそうなので悪い面についても書いておく。

  • イデアがわいたり手をつけたりするが、完成まで持っていけないことが多々。躁の特徴としてよくいわれているやつ
  • 注意散漫になる
  • コミュニケーション(私の場合は環境的にテキストが多い)が盛んになるので、うつ時の大人しさとのギャップが生じる

うつ気味のとき

  • 漫画読む

それだけ…?

まとめてみての感想

うつのとき基本エネルギーがないので、なにもできない感がある。悪化するとそれすらできずひたすら寝ている。漫画が読めるのは、自分のペースで進められるし、フィクションに現実逃避を見出しているのかもしれない。勉強系の本はなかなか読めない。活字とか。あと、起き上がっているのがしんどいのでなにかしらの作業が苦手。

いやぁ生活難しいな、というところ。今までだと、こういうときでも何かせねばというかんじで動こうとして結局捗らないということが多かった。素直に漫画読んで寝ろと言いたい。しかしたくさん漫画を読むのも難しいため(そんなにぼこぼこ新刊がでるわけじゃないし、新しいタイトルを探すのも大変だし、継続もそれなりに大変)、別のゆるいなにかも見つけた方が良さそう。なかなか頭が働かないし時間もかかるのでこういう時は気が向かなかったけど、ためしに映画でも見てみようかな、Oculus Go買ったし。

親とか、普通に生きている人から見て「またこいつだらだらしてんな〜」とか思われるようなことかもしれないけど、自分は良くも悪くも感受性が強くて、自分としてはそこに蓋をしようとしていた時期もあったけどむしろそこを買ってくれたり伸ばしたら?と言ってもらえることもでてきたのもあり…鑑賞系は感性の糧になるし、うつな時に寝る以外できることが本当に少ないので、罪悪感を抱かずにやりたい。

あ、映画がしんどかったらYouTube垂れ流しでもいいかもしれない。あまりしてなかったけど、思い返せばニコニコに入り浸っていたあの頃の感覚が自分を支えていたところもあるし、ものづくり面では確実に影響を受けている。あの頃は全力でなにか作る活動をしている人たちって雲の上の人とか別世界の人だと思って完全に受け手だったな。余談ですけど。

通院再開した

一月の半ばくらいからだろうか、抑うつ感がゆるやかに悪化してきていた。だんだん死にたくなってきてしまい、これは…経験上まずいやつ…と思い、二月の半ばあたりで、しばらく行っていなかった心療内科に行くことにした。

初めて心療内科に行ったのはたぶん8年前。一応、うつ病ではなく双極性障害(以下、双極症)というかんじの治療を受けてきていた。抑うつ状態と躁状態を繰り返してしまうもの。双極症は、こころの病気であるうつ病と違って脳の病気とも言われていて、治療方法も違うし、完治という概念がなさそうで、長期的に通院しなければならないらしい。

精神疾患は判断が難しいというし、私は本当に双極症なのだろうか…一過性のうつが治って普通の状態に戻った、を何度かやってしまっていただけでは?という気持ちが微妙にあって、今までは抑うつ感が改善されたと思ったらワーイ元気〜というかんじで通院をやめてしまっていた。

でも今回、11月後半あたりから自分にしてはやたら元気で意欲的なわりには注意散漫で、ちょっと変だなとは思いつつまあ仕事もストレス的に大丈夫だしいろいろ大丈夫だろうと謎の自信があった。そしてしばらく経って見事に謎の抑うつ感で気力がどんどんなくなり、体重いし、休日も寝てばっかりだし、何もできないし、いろいろだめだ、死にたい…休職したほうがいいのか?でも休職したら正社員じゃない私はもう戻れなくなるのでは…はやく死にたい……となったのだった。会社では別に評価が低いということもないらしいのだけど(わりと良いことを言ってもらっている)、こういう時期は本当に自分がゴミクズとしか考えられなくなってしまう。音に過敏になり、通勤電車が異常につらくなり、おいしいものを食べても幸福感がなく、本を読む気にもならず、何もしたくなかった。

久々に病院に行ったら先生は今までと同じで、「しばらくここまでひどくならなかったのは前回まで飲んでた薬での安定があったからでしょうね」「今度はちゃんと長期的に通いましょうね」と言われた。行く前に勉強しよと思って双極症についての本を読んでいたので、やっぱり通ってないとだめっすよね、という気持ちになって、今回は本当にちゃんと通おうと思った。

前述の通り双極症じゃないことを信じたい気持ちがあるものの、長く通って経過観察してみないと、何がしっかりと効果あって効果なしなのかがわからず、双極症なのかどうかの判断の角度も深まらないと思う。諦めが悪い。諦めが悪いというか、毎回起こるものがもし一過性のうつだった場合、今飲んでるメインの薬(躁を抑える気分安定薬。反動のうつを抑えるためのやつ)が不要になるはずだから。自分が元気な時が、躁なのか、普通の元気さなのかよくわからないでいる。躁の症状としてよく聞くほどの上がりっぷりは表面上はやってない気がするので…でも注意散漫なのはアレだしなぁ…元気さは別人のようだし…と悶々とする日々。

薬はまだ長く必要だと思うけど、とりあえずここ数日はマシな日も増え、今日は家事も散歩もおっくうにならずにできた。うつじゃないだけでこんなにも普通に動けるのかと久々の感覚に驚いている。こじらせていた時に食欲もなくだいぶ動いてなかったので体力はないけど…。あれこれ考察や疑念を並べたところで当事者じゃないと意味がわからなくて面倒だと思うので、これからもうつ病やその他の精神疾患ではなく双極性障害ということにしておこうと思う。

本当に参っていたので、安定している日に記録として一旦残しておこうと思った。こんなことに振り回されずそれなりに安定して物事に取り組めるようになりたい。


安定していた今日のことを少し書いておくと

  • 目覚めが悪くなかった
  • 好きじゃないはずの家事も嫌々ではなく、必要なこととして普通にできた
  • 遠出の気力はまだないが引きこもり気分はなく、初めてのカフェに行けた
  • 18:30現在、コーヒーもなく昼寝もせず活動できている

こんな休日は久しぶりなのでこれだけですごい…という気持ちになってしまっている。いつでも最低限このレベル保ちたいよ…