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シンプルでいいかんじに生きたい

お金があれば解決しますか

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なんでもお金で解決しようとする人、もしくは解決するかは置いといて、お金でその場を取り繕う人に対して、全部それで大丈夫?と思う。

やりたいことがあるからお金で時間を買うとか、関係者に適切な選択なら賛成だ。でもお金で解決、が必ずしも全て良い結果を生み出すとは思わない。

例えば、恋人の機嫌を回復させるために高価なものをプレゼントする。それって、やってることは、相手の不満や悩みの本質を見ようとせずとりあえずモノ(お金)で対処する、ってことでもあったりして。

相手の気持ちを推し量るのは、いろいろな考えを巡らせて、気力や時間を結構消費することがあるものだと思う。だから、お金で一瞬で対処すれば、考える気力や時間を削減できる。もっと悪い言い方だと、考えることや思いやりを放棄している、かな。

プレゼント、何もないよりあったほうが嬉しいかもしれないけど、それがお金に頼っただけのとりあえずの対処方法になっているように感じ始めると、どんどん空虚さが増して、心が離れていくような。

と、ある事柄を身近で見ていてぼんやり感じていた。

もちろんそういう対処ではなく、本当に相手に喜んで欲しくて考えてするプレゼントはとても嬉しいと思う。相手に喜んで欲しいって気持ちは、そういう扱いとは別物だから。

お金の力は大きいけど、時には手っ取り早い便利さを買って、人の気持ちを軽んじる方向に行ってしまうことがあるのがなんとも切ない。誰かのためなら、相手への気持ちと心配りがあって真価を発揮するんじゃないかなぁ、とかそんなことが何年も頭の中にある。

察してもらうなんて無理

f:id:suito15:20170720022759p:plain:w450 とある時期、もう今の状況無理だ…と突然何かがプツンと切れてしまうような感覚になった。何が引き金になったかは覚えてないけど、それまでの我慢が重なって些細なことでそれが起こってしまったのかもしれない。たしか泣きながら、もう無理です、という旨を伝えた。

その時、相手は驚いていて、「そっか…楽しんでたと思ってた」と言った。私は正直「え?もう関わりたくないくらいなんだけど」と思った。でも振り返ってみたら、私は少し楽しそうに振舞っていた。そうしないとどんどん惨めな気持ちになっていくし乗り切れないと感じていたから、騙し騙しやっていたのだ。そんな風に過ごしていて、察してもらえるはずなんてなかった。

今になってすごく思うのは、自分が感じていることって、自分が感じているほど他人には伝わらないということ。打ち明けたところで100パーセント伝わるなんてことなんて難しい。だからこそ、まずは言ってみないとわかってもらえる可能性すら見出せない。

それで、打ち明けてみて、自分の気持ちが伝わればラッキーだし、現状からの改善・解決策を考えることに繋がればもっとラッキー、くらいの気持ちで構えることにしている。もしくは、本当にどうしようもないくらい切実なら、伝わるようにちゃんと内容を練っておくことだ。

それでもやっぱり、どんなに丁寧に伝えたところで、人それぞれ価値観の違いがあるので、「ふーん、だから何?私はそうは思わないけど」くらいの返しをされることもあるだろう。わかりあうことが不可能で、改善・解決の見込みが絶たれたとしたら、そこで初めて諦めがつく。

諦めがついたら、次の選択肢は、「思い切ってその人(コミュニティ)から離れる」か「そこで我慢し続ける」かの二択になる。もしかしたら誰かが助けてくれたり、まさかの改革が起こるかもしれないけど、それは運によるので、あくまで自分の中にある選択肢は二択、と考える。大きな選択には大きなエネルギーが必要で意外にも疲れるけど、ずっと私かわいそうと感じ続けているだけではどうしようもないから、どちらか選ばなくてはいけない。

まず伝えるという選択。合わせて伝え方を考える。すぐに伝わりそうになかったら、いつ諦めるかの選択、諦めたら次はどちらにするかの選択。そんな選択肢があることを忘れないように。

水とスポドリ

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夏バテ対策の水分補給に、水とスポーツドリンクを混ぜて飲み始めた。

本当はスポーツドリンクがそんなに好きじゃなくて普段は水ばかり飲むんだけど、夏になって、水だけでは体に染み渡らない感じがしてきて。珍しく、スポドリが飲みたい!という感覚になる。不思議。 スポーツドリンクは飲みたい、でもそのまま飲むと味が濃すぎるしなぁ…と微妙に悩んでいたんだけど、そういえば家にいるときは冷蔵庫なんてすぐそこにあるし、さっと水にちょっと混ぜるかんじでよくないか?と、簡単なことに気付いたのでそうしている。薄味派なのでちょうどよかった。

調べてみたら、スポーツドリンクは糖分や添加物が多かったり、運動量や生活スタイルによっては飲み方に注意しないといけないみたいで、少し驚いた。夏だからとにかく飲んどきゃいいってものでもないらしい。あまり運動しない私は飲みすぎに気をつけたほうがよさそうだ。まあ、他の時期よりも確実に汗をかくし、飲んだら水よりもすごく体が満たされる気がして、少し水に混ぜて飲む程度だから許してくれ、という気持ちでいる。

最近あまり外出できないし、スイカとか夏らしい食べ物もあまり好きではないので、こんな小さなことでも、あ〜夏なんだなーと季節を感じられて、こういうのも悪くないと思った。

とにかく夏バテすることが嫌いなので、ちゃんと水分と栄養を摂って今年も乗り切りたい。ここ2年くらいでかなり改善したので、やればできるんだなぁと実感している。

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だるさ退治

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夕方くらいからどうしようもなくだるくて眠かった。いつもならこういう時はスッキリするために仮眠をとるのだけど、今日はすでに昼寝したし、連休は休んだはずだ。そんな状態でこれ以上休んでもどうにかなるものでもなさそうで、時間を無駄にするような気がした。

そういえばこういう、休んでもどうにもならない正体のわからないだるさに縛られる時は断捨離するとよかったな、と思い出して、身の回りのものを少し見直すことにした。

化粧品、基礎化粧品、全然使っていないまま存在を忘れていた生活用品、もう読んでいない本などをゴミ袋に詰めた。化粧品は渋ってしまうけど、古い化粧品は女を古くするっていうし、迷った時はそれを言い聞かせて目の前のものと向き合う。

普段からあまり物を増やさないようにしたり、たまに捨てたりしてるつもりではいたけど、知らず知らずに不要なものが溜まっていたことに驚いた。消耗品は都度捨てるけど、そうでないものは意識的に判断しないと、いずれものが溢れてしまう。だから、消耗品の袋や容器などをまとめて捨てて一時的にスッキリ満足するだけではだめで、消耗品じゃないものも減らしていかないといけない。

不要なものをまとめたあとは、珍しくわざわざコーヒーを買いにコンビニに行った。わざわざ買いに行くことってあまりないんだけど、何も考えず仮眠をとることを我慢して断捨離したご褒美と、そもそもの眠気覚しも兼ねて。

おかげで思った以上にスッキリして、だるさもほとんどなくなり目も覚めて、夜は好きなことをする時間にあてることができた。経験上わかっているとはいえ、ちょっとした断捨離でも、気分の良さからか体の状態も良くなるのってなんだか不思議だな、と思う。私はかなり面倒くさがりで片付けが好きじゃなくて、いま洗濯物をたたまず放置しているくらいなんだけど、それでもスッキリしてそこそこ落ち着いた気持ちで過ごしている。スッキリしたい時、自分の場合は単純に片付ければ解決、にはならなくて、減らさないと意味がないのだ。洗濯物は捨てられないけど。

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花と自分のお手入れ

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私は眉上程度に短い前髪の方がしっくりくる。というか、前髪が伸びて眉下くらいまでくるとダサくなる。

前髪が短いときは気分的に普通〜元気であることが多くて、ダサくなっている状態の時はなんとなく荒んでいたり気が重い時期だったり、色々面倒で雑になっていることが多い。あと、爪が伸びている時もそう。

ダメっぽい状態が続いていると、いつのまにか麻痺してしまって自分の心の中だけでは今ダメっぽいということに気付きにくい。だからそういう見た目の変化が、ダメっぽさに気づくための指標にしやすい。

でも、指標にするだけってもったいなくないか、と思った。自分の中で、前髪が「短い時は(普通〜)わりと元気」、「長い時は微妙」ということがわかっているなら、形から入る感覚で、なるべく常に短くしておけばいいんじゃないか。そこそこ良い気分を保つ土台として。

前髪や爪を切った時はちょっとスッキリしていいから、スッキリするために処理する!っていう単純なこととも言えるかもしれないけどちょっとニュアンスが違って、気分をキープするためにもう少しマメになろうかな、みたいな。

私の場合は前髪と爪だけど、人によってはマニュキュア塗るとか眉を整えるとか髪を染めるとか脱毛だったり、それぞれ、気分との関係が深いものがあるのではないか。自分にとってそれがなんなのかを見つけて、良い状態にしておくことが、日々の気分の良さやちょっとした幸せに繋がっていくんじゃないかな。

そういう考えが生まれたのは、花の手入れをしているときだった。「これでちょっとキレイが長持ちするね〜」と思いながら、手入れをしていること自体もなんとなく嬉しかったり、綺麗な花がないときよりあるときのほうが嬉しさが続くなとしみじみ思って。花にやっていることを自分にあてはめて、気分の良さを保つ姿勢でいるのって良さそうだなって。花で気づくなんて、ちょっと女子っぽい!ロマンチック!似合わない!と思ったけど、まあいいや。

補足だけど、伸びている状態と荒んでいる状態は絶対にイコールというわけではなく、意図的にそうしてることもたまにある。前髪は試しに伸ばしてみたくなったりアレンジの練習をしてみようとか、爪はマニキュア映えするように伸ばすとか。だから伸びている時に「あ、こいつ今病んでるのか」とは思わないでくれるとありがたい。前髪は伸ばしてみようとして何度か挫折している。巻くのが面倒くさい。